第一幕:07



 私に対する無礼な言動からすれば、菩提さんも人のことは言えないのだと思う。一日限定でとはいえ彼はその目で私を罪人として捉えたし、またそのように接した。仕事なのだからという言い訳は抜きにしてそれは変えようのない事実なのである。と言っても彼の場合は私が解放された瞬間から気を付けて接し方を変えてくれているので、不満にはなりきれない。私としても既に過ぎたことを蒸し返していつまでもくどく人を責めるような悪趣味な真似はしたくないし、出来ることなら水に流してしまいたいと思っている。百パーセント変えられない過去は現実よりなお堅固なものだ。トラウマという形で人を苛めることもあれば、時に美化しすぎた良き思い出が人を前に進めなくしたりもする。そう言う意味ではどのような過去でも漏れなく陰の性質を備えていると言えるのかもしれない。しかし、またその陰の性質が常に誰かに悪影響を与えるものであるとは言い切れない節もある。辛い体験も他人との共通点となれば僅かながら魅力に変わる。過去の共有は一体感が生まれるだろう。それに、かつての失敗を活かせる機会は幾らでも出てくる。それがなければ成長など出来ようはずもない。
 聞けば、菩提さんと瑠璃さんは幼馴染だそうである。確かにあの淀みない応酬は出会って間もない相手とするには無理があった。さらに話を聞くと、瑠璃さんが同年代の子供達にずっと虐められていたという衝撃の事実が発覚した。背も菩提さんより断然低くて貧弱な体つきをしていたらしい。菩提さんはいつもそんな彼を庇ってあげていたとのことだ。それが大人になって紅蓮守護軍第二師団で一目置かれるようになると、彼はすっかり心身ともに変貌してしまった、と。菩提さんはこの頃はそんな彼に近づき難さを感じていたと言った。怖いっていうのはそのことなのだろうか? 自分がよく知っていると思っていた人物のことを実は自分が全然よく分かっていなかった、と思い知らされるようで。でも、どうなんだろう。三つ子の魂百までって言葉にあるように、その人の本質は永遠に変わらないような気がするんだけれど、私の思い違いだろうか。
 ううん、思い違いなどではないはずだった。だって瑠璃さんは菩提さんに庇われていた過去の弱い自分が今も頭を擡げているからこそ、強くあろうとしているのだと思うから。聞けば〈紅蓮〉には徴兵制というものが無いそうじゃないか。ということは彼は自ら進んで軍に入ったということになる。さらに言えば、先刻の言い争い。部下の手前ではとても十九歳(←これも菩提さんからこっそりと伺った)とは思えぬ威厳を発揮していたはずの彼が、菩提さんに少し窘められた程度でむきになり、子供のように反駁した。彼にかつての名残がある証拠である。菩提さんは瑠璃さんのことをまるで自分が知らない世界の人になってしまったかのように思っているみたいだけれど、そんなことはないのだ。
 菩提さんがこんなエピソードも語ってくれた。幼き日の瑠璃さんは周囲の子供達と同様にその艶のある綺麗な髪を長く伸ばしていたらしいのだが、名前も名前であるし、同年代の子供と見比べても明らかに小柄な上、当時はそれなりに可愛らしい顔立ちの持ち主でもあった彼は菩提さんのお母さんに長いこと女の子と勘違いされていたらしい。その誤解が解けたのはなんと瑠璃さんと菩提さんのお母さんが知り合った二年後であったのだそう。……もしかしてこれ、瑠璃さんのトラウマだったりするんだろうか。聞いてよかったのかな。
「それで、母さんは今でも時々瑠璃のことを『瑠璃ちゃん』と呼ぶ」
 菩提さんはそう締め括った。
 菩提さんは決して馬鹿にするような言い方ではなく懐かしい思い出を語る口調で、柔らかな表情を浮かべてそう言ったのだが、少し前を歩いていた瑠璃さんは般若のごとき凄まじい形相でがばっと振り返った。
「貴様っ、ついに禁句を口にしたな! 許さぬぞ!」
 などとまたむきになって叫んでいる。
 禁句だって。
 私の中で瑠璃さんは相変わらず「ヤな奴」だったけれど、菩提さんが微笑ましい思い出話を語ってくれたおかげで彼に対してのマイナスイメージというか、勝手な先入観といったものは取り払われた。まだつい昨日のことで剣を突き付けられた記憶が心に重く圧し掛かってはいるけれど、それは何といっても私個人の意識の問題だ。要するに、私が気にしなければいいというだけの話。……だけ、っていっても、それが一番難しかったりするんだけどね。
「瑠璃、前を向いて歩かないと危ないよ」
「そのようなことは貴様に言われるまでもないわ!」
「それは言われる前に直した人が言う台詞だよ」
 菩提さんは何だかんだ言って強いな。
 私たちは今、広大な花畑を横切って〈南鐐ノ森〉内部を進んでいる。外から見た時は迷い込んだら二度と出られない樹海のような存在に思えたこの森だけれど、一旦入ってみたら何てことはなかった。〈御殿〉に謀反を企てる不届き者が入らないようにするためのハッタリ防犯対策としての役割があって、外からはそう見えるように工夫してあるのだ。先頭を行く瑠璃さんは元々〈御殿〉の軍の人だから、正式に〈御殿〉に仕える者にだけ伝えられる目印とやらを頼りに迷わず奥へと進んで行った。道を間違うことなくある程度の奥まで入ると、整備された公道が姿を現す。森に足を踏み入れてしばらくは盛り上がった木の根っこなどに何度も足を取られてその度に瑠璃さんに小馬鹿にされた私であるが、今は整備された平らな道を歩いているのでそんなこともなく、心底安心している。登山家じゃあるまいし、今時森の中を歩き慣れている若者って少ないんじゃないのかな……と、言い訳してみたり。
 森の中は涼しく、意外な程快適だった。昨日物凄く不気味に見えたのはやっぱり、私の精神状態が不安定だった所為なのだろうか?
 ふと菩提さんが私の方を見た。
「随分歩いたね。疲れていない?」
「いえ、全然平気です」
 それが不思議なことに、私は疲れていなかった。もうずっと朝から歩き通しなのだけれど。
 大体、私の山勘でいくと……今はそう、午前十一時ぐらいだろうか。いや、嘘だ。実は何も勘ばかりではない。ちゃっかり太陽の動きを確認している。今おおよそ中天に近い位置まで昇っているから、そんなものかなぁと推測したのである。
「菩提さん」
「ん?」
「あの、疲れてはいないんですけど……そのぅ」
 お腹が空いた、って言い辛いな。言い掛けておいて中途半端なところで言葉を切った私を、菩提さんが薄抹茶の瞳で不思議そうに見つめる。菩提さんのこういう対応ってさりげなく大人な気がする。無理に追及するわけでも、次の言葉を待つことを諦めるわけでもない。安心して迷わせてくれる、という表現は変だろうか。
 と、その時少し前を行っていた瑠璃さんが立ち止まり、くるりと体を反転させてこちらを向いた。
「そろそろ腹が空かぬか、お前達。俺は空いている。そういうわけだから飯にするぞ」
 私はつい笑ってしまった。言い方は不遜なのに、内容は驚くほど素直! 瑠璃さんってそんなに悪い人ではないのかもしれない。


 道の脇に開けた野原のようなスペースがあって、そこで昼食を取ることになった。
 昼食は持ち運びがしやすい定番の日本食だった。それも竹の皮に包まれていて本格的。昔話とかに出てきそう。
 そう、おにぎりである。
 菩提さんは着替えと荷の準備があるからといって自宅に寄ったんだった。その時に用意したんだろう。私、他の事に気を取られていて気付かなかった。
 巨大な巾着袋みたいな入れ物の中から当然のように私の分も取り出される。
 良いのかな。これって菩提さんの自腹だよね。牢で出される飯とは全くワケが違う。
 狼狽して手渡された竹の皮の包みと菩提さんとを交互に見つめていると、彼が首を傾げる。
「食べないの?」
 少し離れた場所で木の幹に凭れ、既にがつがつと食べ始めていた瑠璃さんが横槍を入れてきた。
「遠慮しているのではないか、その阿呆娘は」
 阿呆娘って! 遠慮して何が悪いのだろう。
 でも、図星。
 菩提さんが微笑んだ。
「なんだ、そんなことか。光はお馬鹿さんだね。気にしなくたってこの任を全うした暁には身に余るほどの報酬が貰えるのだから、何も問題はないのに」
 あれ? 菩提さんに馬鹿って言われても全然嫌な感じがしない、寧ろどきどきとして……って、え? 何、報酬って。
「仕事だからな、無論給金が出る」
 瑠璃さんがつらっと付け加えた。
 そうか、これって仕事なんだ。
 誰も好き好んでこんな……、瑠璃さんが言ったように「森からやって来たなどとほざく奇矯な、まるで正体が分からず通行証も持たずに突如として降って湧いたような小娘」の護衛を無償で務めるはずがない。当たり前のこと。
 だから突き放されたみたいに悲しく感じるのは、御門違い。
 ……っていうか、身に余るほどの報酬ってどれくらい?
 よし! と私は一人頷いた。細かいことは気にせずに有り難く頂くことにしよう。仕事なら「私も荷物持たなくて良いのかな?」とかそんなことで悩む必要も、多分ないはずである。
 ぱくりと一口食べてみる。うん、あまり親しみのない玄米ご飯で出来ているってところを除けば、何の変哲もないおにぎりだ。塩が利いている。
「〈紅蓮〉にもおにぎりがあったのか……」
「今何と言ったのだ?」
 感慨深く一人ごちたら、何故か瑠璃さんが興味を持ったようだった。あ、瑠璃さんはもう食べ終わったみたいだ。あれっ、菩提さんもいつの間にか三つ目に突入している。
「鬼切り?」
 菩提さんまでもが興味深げな視線を送ってくる。おにぎり、とは言わないのかな、この世界じゃ。
「あの……、何か誤解されてるみたいですけど、二人共。鬼を切るって意味じゃないですよ、別に。『御』握りです」
「光の住んでいた集落ではそう呼んでいたの? 面白いね」
「三角飯(さんかくめし)の分際で生意気な呼称ではないか」
 瑠璃さん、生意気なおにぎりって一体。
 じゃなくて。
 三角飯、って言うんだ。
 そういえば、三角に握るのって慣れないうちは難しいよね。修行が必要だと思うのだ。私も最近になってやっと綺麗な正三角形に握れるようになって、……。
 ご飯を三角に握るって文化の一致、実は凄いことなのかもしれない。
「本当に日本じゃないのかな……」
「ん?」
「あ、いえ。何でも……」
 口籠ると、瑠璃さんが睨みつけてきた。こ、怖い。目付き鋭すぎる、顔面凶器だ。
 というより、何故?
「小娘」
「ぅはいっ」
「光、返事なんてしなくてもいいのに。君は小娘なんて名前じゃないでしょう?」
 険悪な雰囲気をぶち破る菩提さんの和やかな声。し、しかし、瑠璃さんの眼差しは尚も氷点下の真っただ中である。文字通り私を凍りつかせるのには十分すぎる要素だった。
「お前な、言いたいことがあるのならはっきりと言わないか。見ている此方が気分を害すだろう」
 それは……っ、ご尤もである。言い返す寸分の余地もございません。
「うぅ、すみません……」
 へこへこ謝る私を横目で見ていた菩提さんが眉根を寄せた。
「光ったら。瑠璃の文句に謝る必要なんてないのに」
「黙らぬか、菩提。お前はこやつを甘やかし過ぎなのだ」
「甘やかして何が悪い?」
「悪かろうよ、色々と。このように気弱で引っ込み思案な性情では〈御殿〉の貴族共の良い玩具にされるのが落ちだぞ。よいのか、それで」
「それは良くないな」
「わかっているのなら少しは注意せぬか。最悪このままいった場合、この娘が潰されることも考えられる」
「それは実に良くないな」
「そうだろう。荊樹の二の舞になり兼ねぬのだぞ。だから、注意しろ」
「…………」
 荊樹、って単語を耳にした途端、僅かの間だけれど菩提さんの動きが止まった。瞬きも、おそらく呼吸も。
「……うん。そうだね。必要な時は、出来るだけすることにしよう」
 私、なんだか子供みたいじゃない?
 と、項垂れる私に二人の視線が同時に向けられる。またしても嫌な予感がするのだけれど、何回目だろう。
「良し。そういうわけだ、小娘」
「やだな光、そんな顔しないで。要するに瑠璃が先程言ったことは遠慮しなくて良いよって意味だから」
 二人とも、一体何が言いたいのか?
「気色が悪い、菩提。俺は何もそのような甘ったれたことを言いたかったのではないぞ」
「同じようなことじゃないか。……光」
「はい」
 菩提さんが私の隣に腰掛けた。何故か反対側には瑠璃さん。何だろうかこの状況、新手の罰ゲーム?
 びくびくと恐れ戦く私に向けられる、菩提さんの甘い微笑、そして瑠璃さんの鋭い睨み。私はどっちに反応を示すべきなんだ。
「何か訊きたいことがあるんだったら、今全部言ってごらん」
 混乱するあまり、私は菩提さんに言われた言葉の意味がすぐには理解できなかった。
「光? これでも瑠璃は御殿守護軍の、それも其れなりに高い地位に就いているんだからね」
「これでもは余分だ」
「〈御殿〉の内情についても、答えられる範囲ギリギリのところまできっと快く答えてくれるから、遠慮せずに何でも訊いてごらん」
「ばっ、何を勝手なことを!」
「言い出したのは君じゃないか。それぐらいの覚悟もなしによくも光を傷つけられたものだな」
「く……、こんなつもりでは」
「ね、光。さっきは何を言い掛けたの?」
 菩提さんに顔を覗き込まれて、平たい石の上に腰掛けていた私は驚いて仰け反り、落っこちそうになる。これってどんな拷問手段よりも効果覿面な気が。
 いや、意識を飛ばしている場合ではなくて、質問。
 まさかこんな時間を設けてもらえるとは思いも寄らなかった。それも元はといえば瑠璃さんの言葉が引き金なわけで。
 良い機会だ、あれもこれも訊いておこう。
 と、決意したのは良いが、中々疑問って急には湧いてこないし、思い出せない。というか、有り過ぎて迷う。
「えっと……」
 何から訊こう、と視線を彷徨わせる。
「さっき言い掛けたことは?」
「あ……、本当に日本じゃないのかな、って……」
 瑠璃さんが不審げな顔をする。分かりやすい反応だなっ。
「にほん? 人名か?」
「光、それは何の話?」
「いやっあのその……、国の名前なんですけど」
「ほう。一体、いずこの」
「光は外国を知っているの?」
 菩提さんも少し、不審げ。というより、信じられないといった表情だろうか。
 ふっと白鼠の言葉が頭を過った。〈紅蓮〉が閉鎖的特殊地区……だっけ? であるとかいう話。
 閉鎖的って、一体どの程度を指して言っているのだろうか。菩提さんの驚愕に近い表情が妙に気になる。
「や、あのですね……」
 私はとても焦った。どうしよう、答えて良いものか。わからない。
 また昨日の白鼠との会話に意識を飛ばした。思い返してみたが、私が異世界から召喚された存在だと知っている彼は、私にそのことを口止めしなかった。
 そうだ、人に話しちゃいけないとは言われていないのだった。
 白鼠が言い忘れたって可能性も勿論あるけれど、それが私の命に関わるような重大な事柄なのだとしたら言い忘れはしないと思う。彼は賢そうだったし、私のことを労わってくれていたし。
「光?」
「言ってる傍から。はっきりと言え、小娘」
 私は菩提さんと瑠璃さんを順番に見つめた。
 大丈夫、な気がしてきた。よし。
「あの……、私、実はその、日本っていう国の人間なんですけど……」
 二人の間に五秒間ぐらいの沈黙があった。
 先に口を開いたのは瑠璃さん。
「とんだ冗談を!」
 菩提さんも瑠璃さんのその台詞ではっとしたように口を開く。
「瑠璃、そんな言い方はないだろう。光は可哀想な子なんだから!」
「…………」
 要するに二人とも信じていないのだな。というか菩提さん、その「可哀想」はどういう意味ですか、「可哀想」って今明らかに私の生い立ちや不運についてではなくアタマについて言ったんじゃないのか。
「良いんですよ、別に。無理に信じてくれとは言いません」
 どうやら自分はとんでもないことを言ってしまったらしい、と気付いた私は、そう付け加えておいた。
 菩提さんが心底困ったように見つめてくる。そんな顔をされると私が悪いことをしたみたい。
「光、ごめんね。ちょっとそれは僕らにはとんでもない話かも」
「かも、ではなかろう。あり得ぬ話ではないか」
「瑠璃!」
「証拠がないのだから仕方があるまい」
 瑠璃さんが呆れたような目で私と菩提さんを交互に見る。菩提さんはその気遣いによって私の言っていることを頭から否定せず、すぐに謝ってくれたけれど、瑠璃さんは疑いを持つことに何の躊躇いもなく、そしてその不審を私本人にぶつけることにも何の罪悪感も感じないみたいだった。
 あぁ、本当のことなのにな。
 人に信じて貰えないのって、こんなに辛いんだ。
「光」
 俯く私を気遣うような菩提さんの穏やかな声。
「ごめんね」
「…………」
 私は菩提さんと視線を合わせた。なんか、菩提さんって少しだけ白鼠に似ているかも。勿論見た目ではなく中身の話。声も全然違うし。
 菩提さんが柔らかく微笑む。木漏れ日みたいに優しい、淡い笑み。
「でも、聞かせてくれる? もう少し詳しく話してくれないと、色々とわからないな」
 その言葉に私は黙り込み、ゆっくりと瞬いた。
 ――そんなの聞いてどうするの?
 恩知らずな私は、そんな捻くれた思いを抱いた。だって菩提さんはさっき、謝罪の言葉を口にしたのだ。それって私の言うことが信じられないからでしょ。じゃあ信じられないのにどうして私の話を詳しく聞こうというの?
 それって要するに、親切なんだよね。
 「聞かせて欲しい」っていうその言葉が、まだ単なる好奇心から生まれたものであった方が、良かった。
 菩提さんは優しいけれど不器用なんだ。おそらくは瑠璃さんよりも。
 先に「信じられない」って言っておいて「聞かせて欲しい」なんて言われても、素直に頷けるわけがない。
 あぁそれとも、私を子供だと思って少し見誤っている節があるんだろうか。きっとそうだ。
 考えを巡らせて視線を彷徨わせていたら、瑠璃さんが小さく息をついた。
「……全く。お人よしも度が過ぎれば狂気だな」
 厳しくも的確な表現にどきりとしたのは、菩提さん当人ではなく私だった。だって自分もそういう人間になり得る可能性が十分にあると思うから。
 瑠璃さんは嘆息し、ふらりと先程凭れかかっていた木の元へ戻ってしまった。
 もしかして、見放されたのだろうか?
 内心結構焦っていた。だって瑠璃さんは偉い人のようだし、いざという時に彼の力がなければ困ると思う。
 菩提さんはぼんやりとした目で瑠璃さんの後ろ姿を見送り、私に視線を戻した。
 微笑を浮かべて首を傾げる。
「……菩提さん」
 その顔は、わかっていないな。
「さっきの続き」
 彼が一言、そう促した。
「…………」
 私は一度瑠璃さんの去っていった方向に視線を流してから、綺麗な微笑を浮かべる彼を見つめた。



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