瑠璃さんとの話に区切りがついたところで黒梅がやって来た。隣の女官部屋からではなく、部屋の戸口から。黒梅って普段女官部屋に居ないときは何してるんだろう、なんて疑問に思いつつ、ぼんやりと彼女を見上げた。真っ白なふわふわの髪。色素が無いわけじゃないだろうに、一体どういう因果でこんな色を持つようになったのだろう。……染めているのか? 「光お嬢様、お加減はいかがですか」 黒梅は手に食事を乗せたお盆を持っていた。そういえば、朝食がまだだった。 黒梅ってばにこやかなのは結構だが、もっと早く来て欲しかったのだ。瑞枝達が冷たいので彼女(?)が居ないと私は困る、今回は瑠璃さんが来てくれたから良いけれど……、とちょっとご立腹してしまう。半分は八つ当たりなので言わないが。 「お嬢様、ね……」 その単語に違和感を覚えたらしき瑠璃さんが隣で首を捻っている。うん、私自身も呼ばれる度に内心困惑している。 「まあ、貴方!」 黒梅がたった今瑠璃さんに気付いたというように驚きの声を上げ、彼を見つめた。態とらしいぞ黒梅。私より遥かにでかい彼の存在に気付かないはずがないじゃないか、何の真似だ。 「なんだ、煩い奴め」 瑠璃さんが赤裸様に嫌そうな顔をする。まぁ当然な気もする。 「何故ここに? 光お嬢様、何もされませんでしたが」 「…………」 それはもう寝台に押し付けられたり頭をわしゃわしゃされたり頬に触れられたり頭を撫でられたり等々されているわけだが、なんて本当のことが言えるわけもないため私は沈黙した。何もされていないと言えば嘘になる。本当のことを言うのも嘘を言うのも嫌だったのだ。 という理由であって、この沈黙にそれ以上の深い意味は無いのだが。 「光お嬢様? 何故黙ってしまわれたのですか! この者に何かされたのですか!?」 「いや、まぁ……うん」 「何ですって!?」 黒梅の顔が瞬時に青ざめる。誤解だ。多分黒梅が想像するほど悪いことは全く、一切されていないと思うのだ。 「何て不埒な! 光お嬢様はまだ嫁入り前の大切な御身でいらっしゃるのですよ、何を考えているのですか貴方は! 今すぐ出てお行きなさい、今、すぐに!」 私のことで黒梅が怒ってくれているのは分かるのだが、なんだか思考が追い付かず他人事のように眺めてしまった。黒梅が慌てて此方までやって来るとしっしっと蝿か何かのように瑠璃さんを追い払い、私を背に庇う。勿論その程度の攻撃で怯むような瑠璃さんではないのだけれど、黒梅を鬱陶しいと感じたのか、大人しく退散した。と言っても少し離れただけだ。 「そう言うお前も男だろうが」 しかも距離を取ったところでしっかりと反撃まで加えている。流石戦い慣れているだけのことはある、と私は暢気に感心した。 瑠璃さんの言葉にぴくりと黒梅が反応した。動揺しているのか? 「なっ! 何をおっしゃいます。よくもそんな出鱈目が、」 「事実だろうよ」 「何を根拠に!」 「根拠も何も男にしか見えぬのだが……」 「そんな馬鹿な話がありますか! 私は光お嬢様に付けられた女官なのですよ? 男であるはずが無いでしょう」 「そうは言っても男なのだから仕方が無かろう」 「まだ言いますか! ……いえ、はっきりさせて見せましょう。光お嬢様!」 「は、はい?」 完全に傍観を決め込んでいた私は突然話を振られ、びくりと肩を揺らしつつ裏返った声で返答した。黒梅、怒ると中々気迫があるのだな。男らしいぞ。 「私はどう見ても女、でございますよね?」 「…………え、っと」 正直よく分からないのだが、本人が言うならそうなのかも。 と、私が頷こうとした丁度その時、瑠璃さんがずかずかと歩み寄ってきた。 「な、何ですか」 黒梅がビビっている。黒梅も結構背が高いが、瑠璃さんには敵わない。……まぁかく言う私は問題外だけれど。 瑠璃さんが黒梅の胸倉を掴んだ。って、ナニをして……!? 「脱げ」 「な!?」 「えぇ!?」 これには言われた本人だけでなく私も吃驚仰天だ、じゃなくて瑠璃さん、止めるのだ。そういうことには全力で反対するぞ。 「ちょっと瑠璃さん、何てことを言うんですか貴方はっ!」 えいっと勇気を振り絞って瑠璃さんの手を叩き落とすと黒梅を助け出し、今度は私が背後に彼女を庇って瑠璃さんの前に立ち塞がる。……あれ、なんでこんなことに。 待つのだ、何かがおかしくないかこれ。混乱すると同時に冷や汗が滲む。 「この方やはり不埒ですわ! 早く追い出しましょう光お嬢様」 「…………」 黒梅が後ろで何か言っているが、私は瑠璃さんの冷ややかな視線を受け止めるので精一杯だった。絶対零度の眼差しに身も心も凍り付き、背後を季節外れの木枯らしが走り抜け……というか、あれ? さっきも思ったけれど何故こんなことになっているのだろう。 瑠璃さんが無慈悲な一言を放つ。 「お前が脱ぐか?」 私は乾いた笑みを浮かべた。だからなんでこんなことになっ以下略。 「あはは、まさか。瑠璃さん冗談きついです」 「ならばそこをどけ」 「それは嫌です。これ以上黒梅を虐めないで下さい」 「庇うな。主人であるお前を騙るような男だぞ」 「……瑠璃さん。多分貴方が思っているよりもデリケートな問題なんですよこれは。そっとして置いてあげて下さい」 「お前は気にならぬのか?」 「それは……、まぁ」 「この際はっきりさせておけ、光」 「光お嬢様! そんな、私をお疑いですか?」 「疑うっていうか……寧ろここ最近自分の目が信じられないというか……」 「光お嬢様の目はおかしくなどありません。私は女です。どうされてしまったのですか、初めはあんなにご懇意にして下さったのに! こんな……」 いや、懇意とか今は関係なくない? と私は心の中で冷静に突っ込む。 瑠璃さんが鼻で笑った。彼は彼で邪悪に戻りつつあるらしい。 「このようなよく見れば男にしか見えぬ者が自らの女官だと思うと嘆かわしいのだろうよ」 「なっ!」 「ちょっと瑠璃さん」 「いい加減観念せぬか」 「嫌です!」 「瑠璃さん、それは男女関係なく問題発言だと思うのですが」 「あぁ、殴って気絶させてから事を済ませるか?」 「それもっと駄目でしょう!? 完全に犯罪ですよ!」 ああ、ほんと、何でこんなことになってるんだろ。 結局どっちなのか……。(09/08/27) 紅蓮TOP |