逢いに逝きます



 あ、どうもこんちは。俺、須川慧斗って言います。なんか死んだっぽいです。はい他殺です。別れたカノジョに文字通り刺されました。痛かった。というより最後はスゲェ寒かった。でもその苦しみも終わったみたいです。良かった良かった。……いや良いのか?
 それよりもここは何処なんでしょうか。真っ暗ってことは自分、地獄に行く方向なんスかね。そんなぁ、女の子にぶち殺された哀れな男子ですよ? 青春真っ只中だったんですよまだまだこれからだったんですよその辺少しくらい大目に見てくれませんかジーザス。もしかして中学ん時に拾った五百円玉を交番に届けなかったのが原因ですか。ごめんなさいその件に関しては反省してます誠心誠意謝りますって。それじゃ駄目? なんてキラキラな上目遣いをしてみるも、神のお返事は無く。え、なんか悲しい。ていうか虚しい。ねぇ神様、この孤独が罰ですか?
 それにしても今気付いたけど、ちゃんと足がある。てことは俺、怨霊にはならずに無事成仏したってこと? えー、ちょっと待ってよ。未練タラタラなんだけど。やり残した事が山のようにあるんだけど積み上げたら万里の長城が築ける勢いなんだけどみたいな。マジで悲しくなって参りましたよ。ねぇ誰か居ないわけ? 慧斗、拗ねちゃうゾ。
 なあんて、俺が膝を抱え込んでいじいじし始めた時だった。俺の願いは叶えられたらしい。ま、神様が聞き届けたのか単なる偶然なのかは定かじゃないけどね。個人的に後者希望だ。
「――慧斗くん!」
 そう、女の子の声がして。しかも俺の名前を呼んだわけで。
「え」
 俺は驚いて振り向いた。その瞬間凄まじい風が吹きつけ、閃光がはじける。俺は腕を翳して顔を庇った。次に腕を下ろしたとき、辺りはもう陰気な暗闇なんかじゃなくて、打って変わった純白の世界に変貌していた。え、どゆこと? やっぱ俺ってばイイコだから、天国行きに急遽変更してくれたとか? 全くもう、ジーザスは気紛れなんだ・か・ら☆ ……うんごめんね俺が悪かった。そういう問題じゃないよね。
「慧斗くんっ」
 一生懸命に駆け寄ってきた小柄な影に俺は愕然とする。見覚えのあるぱっとしない顔。美人ではないが不細工でもない。身長は低い。痩せ型で、髪が長くて。高い位置でツインテールなんて作っているものだから、某美少女戦隊のヒロインを彷彿とさせる。
「……星崎」
 彼女は、星崎夕奈。俺のクラスメイトだった。高校の。
 俄かには信じられなかった。なんで、コイツがここに。いや本当は分かってる。俺と同じここにいるってことはさ、つまり。
「なんで、お前」
「本物だよね?」
「は……?」
 俺の目の前までやって来た星崎は俺の台詞を遮ってそう尋ねた。本物? 何が、だろうか。
「本物の慧斗くんだよね!?」
 待てよ、星崎って俺のこと名前呼びだったっけ? その前にまともに会話した記憶が皆無なんだが、薄情な俺が忘れてしまっただけなんだろうか。いや違う。星崎なんて、名前ぐらいしか知らない。下の名前まで知っていたのは辛うじて彼女の友人が呼んでいるのを聞いたことがあるからで。
「お前、死ん」
「――逢いたかった!」
 ……え? え?
 目を点にして固まる俺に、星崎が抱き付く。柔らかい、じゃなくて。
「私ね、君に逢いに来たんだ」
 俺は愈々混乱してきた。ちょっと待てよそれって、んんん?
「待て星崎、」
「待てない!」
 ええ!?
「いや待て! とりあえず落ち着こう! な!?」
 まずは俺が落ち着くべきだな。深呼吸だ。ヒーヒーフー。あれ、なんか違う? 深呼吸ってどんなだっけ。そもそも俺、ここに来てからちゃんと呼吸していたのかが謎だ。心臓も脈動していたのか怪しいものがあるが、まぁそんなことは置いといてだ。
 きょとんとした顔で見つめてくる彼女の両肩に手を置く。ついでに俺の首に絡み付いていた腕を離してもらいつつ。
「……星崎。お前も晴香に殺されたのか?」
 険しい顔を作って尋ねたのにも関わらず、星崎は明るく笑った。俺は少し呆気に取られた。
「ううん、違うよー。自殺したの」
「…………」
 俺は息を止めた。ていうかやっぱ息なんて初めからしてなかったっぽいけど、なんかこう、心理的にだ。うん。
「なんで自殺なんか……っ」
「だって君に逢いたかったんだもん」
 星崎。
 俺は、鈍いね。全然気付かなかったよ。
 不意に凄く、泣きたくなった。顔を歪めた俺を見て星崎は首を傾げる。ヘンだな。自分の時は大して感情が動かなかったのに、他人の死となるとこんなにも訳が違うものなのか。あぁ。俺の代わりになるような男は幾らでも居たとして、命は替えが効かないのに。絶対に。
「……馬鹿!」
 堪らなくなって怒鳴った。星崎は不思議そうに瞬いた。俺が激昂する理由に皆目検討が付かないとでも言うように。こんな子じゃなかったはずだ。俺が、俺の死がこの子を壊してしまったというのか。精神も肉体も修復不可能なほどボロボロに、永遠に殺したというのか。
 死んだはずの俺の目から熱いものが零れる。星崎に見られる前に、俺は彼女を抱き締めて華奢な肩に顔を埋めた。太陽のにおいがした。
「慧斗くん」
 甘えた声と共に棒のように細い腕が背中に添えられるのを感じる。その仄かな温もりに、また心が締め付けられる。
「だいすき」
「……星崎」
 俺はぎゅっと目を瞑る。と同時に、なお一層強く星崎の体を抱き締めた。今にも壊れそうな、いや実際失われてしまった体だった。
 晴香は星崎とはまるで正反対な女だった。「すき」なんて絶対に言ってくれない奴だった。そのくせ嫉妬心が強くて、少しのことですぐに怒った。我が侭で、強欲で、よく俺を振り回した。都合が悪い時には嘘泣きをして。俺は晴香の嘘に気付いても、大抵は見て見ぬ振りをした。気付いたからといってその事を責めればとんでもない仕返しが待っているのは目に見えていたから。なんかイロイロと面倒で。楽しい思い出は何があったろうかと今考えてみても、問いの答えは中々俺の中で見付からない。恋人って何だろうといつもどこかで疑問に思っていた。持ちつ持たれつ? 俺の理想は支え合ったり尊敬し合ったり出来る関係だった。晴香と俺はどうなのか。無論理想を一方的に押し付けるつもりは毛頭無い。それにしたって余りにもかけ離れているんじゃないのか。まるで俺は彼女の従者だ。彼女は、俺を何だと思っていたのだろう。女の子は皆お姫様だなんてまさか本気で思っていたんだろうか。お姫様? どちらかといえば民を重税で苦しめる悪の支配者といった方がしっくりくる。実際こうして別れてみれば俺は殺されてしまったわけだし。てか、やっぱ俺って可哀想だな。自嘲が漏れる。なんていうか、一言で言うとアレだ。俺の人生、ツいてなかった。
 絶望よりも失望に近い思いが胸を満たした。何に対するそれかといえば、「生」に対する。なんかもう、輪廻転生の輪から離れたい気分だった。……そういうわけにもいかないか。俺、次は何に生まれ変わるんだろう。クジラとかどうかな。悠々としていてイイじゃないか、結構賢いみたいだし。
 等といった少々脱線した考えを巡らせつつゆっくりと抱擁を解いた。すると星崎が何を思ったかちょいちょいと俺の服の裾を引っ張る。「ん、なに?」俺は俺が思う中で極上の笑みを浮かべて返答を促してみる。可愛いな、既にこの短いやり取りの間に星崎のことを好きになりかけている自分が居るんだがどうすれば良い。何せ相手も俺もオダブツしちゃってるからさ。
「生まれ変わったら何になる?」
 星崎も自分と同じようなことを考えていたらしいことが分かり、俺は苦笑した。「以心伝心?」「え? なあに?」星崎が彼女だったら良かったのに。
 大体この生まれ変わりって概念、いかにも俗世じみている。だからまさか死んでからこんなことを考える時間が到来するだなんて夢にも思わなかった。
「んーん、何でもないよ。そうだねー。俺はクジラになりたい」
「私は貝になりたい」
「おっとどこかで聞いたなソレ」
「えへへー。今のは冗談ね。私もクジラになる」
「…………」
 それって俺に合わせたのか? 星崎、一途なのは大変結構なんだけど、もしかして生まれ変わっても俺を追いかける気満々なの? ちょっとオニーサン怖くなってきたヨ。
 星崎が俺の腕をぶらぶらと揺すった。その幸せそうな笑みが俺の目に焼きつく。
「ねーねー」
「ん?」
「ここどこ?」
「……俺もそれ、聞きたい」
「天国なの? 私自殺したけど天国に行けるのかな」
 それは甚だ疑問な所だ。日本の法律で自殺が犯罪とされることはないけれど、国によっては自殺は罪だ。神に授けられた命を無駄にする行為だから。
「神様って本当にいるのかなぁ。天使は? お迎えとかないわけ。あ、仏教でいくとお迎えに来てくれるのは阿弥陀如来様だったっけ?」
 なんだか星崎の話を聞いていたらどの可能性も低く思えてきた。そもそも「死」って、これも人間が作った概念だ。
「とりあえず歩いてみるか?」
「わーい」
 わーいってキミ。
「死んで良かった。慧斗くんとデートが出来る!」
 うっわそういうこと言わないでよ本気で切なくなってくる。
 そうして涙を我慢する俺とご機嫌な彼女との奇妙なお散歩が始まった。



(Fin.)



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